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所長メッセージ

2021/05/10
コロナウイルスのワクチン特許は放棄すべきか


 米国のバイデン大統領が、コロナウイルスのワクチンについての特許権を一時的に放棄する考え方に賛成したとの報道があります。特許権者以外へ政策的にワクチンを製造させる議論が急に高まっているようです。
 貧困国でコロナウイルス感染者が激増しているのは、ワクチンが高価で買えないことが原因である。そこでワクチンの特許権を放棄させ、貧困国でもワクチンを製造できるようにして感染者を減らそうというWHO(世界保健機構)の提案に基づきます。これを実現するためには、WTO(世界貿易機構)などでの多くの手続きや議論が不可欠ですので、簡単ではないし、時間もかかります。
 インドや南米におけるコロナウイルス感染者が激増して医療崩壊が生じている報道が毎日のように流されています。実は、日本のワクチン接種率はこれらの国よりも低いので、日本もコロナワクチン貧困国と言えるのでしょう。
 さて、今回の特許権放棄説の裏には、製薬企業がコロナワクチンを高値で売って莫大な利益を得ているとの考え方があります。特に米国大統領の政治的な発言で、特許による独占が問題であるとの思いこみに繋がりました。しかし、問題を解決するためには所定の理論的な解決プロセスが重要です。何の問題でも必ず原因がありますし、原因を見つけ出すには、問題の詳細な分析と適切な選択肢が不可欠です。
 今回問題とされているのは、貧困国でのコロナワクチン接種率の低さです。その原因は、製造量、品質、流通、価格、政策、などたくさんあります。貧困国が・・・というと、直ぐに価格に問題があると考えがちです。しかし、価格が高いとか安いとかの議論は今まであまり聞いていません。日本で接種されているワクチンは無料ですが、それを政府がいくらで購入しているのかは知らされていません。また、貧困国は製薬会社へ購入申し出をしたのか、提示された価格は高いのか、価格交渉はしたのか、製薬会社からの返事はどの程度か、いくらなら貧困国でもワクチンを買えるのか、など疑問や不明点だらけです。
 その他にも、ワクチンの生産量が不十分だとしても、なぜ不十分なのか。報道で目にするワクチンの製造ラインからは簡単に大量生産できると思いがちですが、事実は良く分かりません。生産量を増やすには、どのような規模の設備が必要で、技術面や安全面でどの程度の課題があるのかなども不明です。
 これらの分析ができたら、次は問題を解決するための手法を列挙します。その中で、最適な解決手段を選択実行することになるのですが、特許権の放棄も単なる解決手段の一つでしかありません。しかも、解決手段の選択には、その弊害も十分に検討する必要があります。思い付きの解決策実行は取返しの付かない結果になることもあります。今回の場合には、ワクチン不足という原因から、分析や選択肢の選別という手順を経ることなく、特許権の放棄で解決できるという単純な理論の飛躍を感じます。
 各国とも、この問題を冷静に分析し、長期安定的な視野で賢明な解決手段を選択してくれることを望みます。
 
太陽国際特許事務所
会長 中島 淳