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審査と審判における主張の判断基準の相違について

2021/02/15

 特許出願で拒絶査定不服審判を請求する場合に、審査段階で主張した特許性の内容を繰り返し述べても採用されない場合があります。
 一体なぜこのようなことが起きるのでしょうか?
 この記事では、その原因である、審査段階と審判段階での、出願人の主張についての判断基準の違いについて、解説します。 

 審決取消訴訟、侵害訴訟等では、主張に対して、相手が認めた場合を除いて立証が必要です。
 これに対して、特許庁での審査、審判では、「職権審査(職権審理)」とされており、主張をすれば、その主張が正しいか否かを審査官又は審判官が職権で判断するので、厳密な意味での立証は必要とされません。もちろん、審査官又は審判官が判断できないような、実験データ、測定結果等は、出願人等が用意し、主張に対する立証のための証拠として提出する必要があります。

  •  例えば、
      • 「この業界紙に掲載されているので、周知技術です。」
        と主張すると、特許庁では、審査官又は審判官がその業界紙を評価して、大勢に読まれていると判断すれば、
        「この業界紙に掲載されているので、周知技術です。」
        となる。
         ところが、裁判所では、
        「この業界紙に掲載されているので、周知技術です。」
        と主張した場合、相手が、
        「なぜその業界紙に掲載されれば周知なのですか。」
        と聞いてきたとする。
         すると、
        「この業界紙に掲載されているので、周知技術です。」
        と主張した側が、「業界紙への掲載」によって、「周知技術」になることを立証する必要があります。
         一例として、
        「この業界で開発に携わっている当業者は、A社が5000人、B社が3000人等を含めて、約20万人います。前記業界紙は2万部発行していますので、実売が1.8万部だと考えたとします。また対象技術は、前記業界紙に3回掲載されました。購入先は、ほぼ企業です。企業はこの業界紙を購入すると、およそ1社で平均して5人程度が回し読みをします。すると、雑誌の発行一回に対して役9万人が読んだこととなります。それが3回あるので、単純累計27万人が読んだことになります。重複があるとして読んだ人数が半分だとしても20万人いる当業者の内の13.5万人が読んでいることとなるので、その業界紙に掲載された対象技術は、当業者の間で周知であるといえる。」
  • のように立証します。このように、裁判においては主張に立証が必要ですが、前記したように、特許庁においては、職権審理がありますので、必ずしも主張に立証が必要であるとは限りません。
     しかしながら、主張にはこの主張が正しいことを裏付ける理由を記載することが、主張を認めてもらうためには望ましいこととなっています。
    但し、同一の案件であっても、審査段階と審判段階とでは、主張が正しいことを裏付ける理由が全く異なっています。
     ここでは、このような相違を理解してもらった上で、主張を認めてもらえるような理由を説明します。

1.審査での対応

1-1.審査官の審査

 審査官が、発明の特許性を審査する場合、「特許・実用新案審査基準」に従って審査が行われます。
 このように、全審査官に対して、「特許・実用新案審査基準」に従った審査を行わせるのは、審査のレベルの統一、言い換えると審査官による特許性の判断のばらつきをなくすためです。
 その為、審査基準は、
「出願の審査が一定の基準に従って、公平妥当かつ効率的に行われるように、特許法等の関連する法律の適用についての基本的考え方をまとめたもの」
といえます。

  •  例えば、進歩性については、「当業者」を、
      • ・本願発明の属する技術分野の出願時の技術常識を有する
         研究、開発のための通常の技術的手段を用いることができる
         材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できる
         本願発明の属する技術分野の出願時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とすることができ、発明が解決しようとする課題に関連した技術分野の技術を自らの知識とすることができる
        「者」と定義した上で、
        「主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否か」
  • で進歩性を有するか否かを決定しています。

 
 また、その際、進歩性が否定される方向に働く要素と進歩性が肯定される方向に働く要素とを考察する。

  •  進歩性が否定される方向に働く要素としては、
      • 1. 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け
         (1) 技術分野の関連性がある
         (2) 課題の共通性がある
         (3) 作用、機能の共通性がある
         (4) 引用発明の内容中の示唆がある
        2. 主引用発明からの設計変更等
        3. 先行技術の単なる寄せ集め
        があげられ、進歩性が肯定される方向に働く要素としては、
        1. 有利な効果がある
        2. 阻害要因がある
  • があげられています。

 

  •  ここで「阻害要因」については、
      • ・ 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなる副引用発明
        ・ 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明
        ・ 主引用発明がその適用を排斥しており、採用することがあり得ないと考えられる副引用発明
        ・ 副引用発明を示す刊行物等に、「副引用発明」と「他の実施例」とが記載又は掲載されており、主引用発明が達成しようとする課題に関して、「他の実施例」より作用効果が劣る例として「副引用発明」が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明
  • と規定されています。
  •  従って、例えば「阻害要因」を考慮すると、「主引用発明に周知発明を組み合わせる場合」については、
      • ・当該技術分野において周知であること
        ・主引用発明に周知技術を適用することに動機付けであること
        ・主引用発明に周知技術を適用することに阻害要因がないこと
  • の3つの点を充足している場合に限って、拒絶理由通知で用いることができます。

 
 なお、判決には、規範判決と事例判決とがあります。
 規範判決とは、基本的に、最高裁の判決若しくは知財高裁大合議での判決の中で、下級審が判決するのに考慮すべき判決をいいます。
 最高裁判決である「リパーゼ判決」については、「化学の極めて狭い範囲での判断であって、他の分野にまで広げて判断すべきでない。」として、「リパーゼ判決」は最高裁判決でありながら、規範判決でなく事例判決であると主張している法曹人もいます。
 事例判決とは、例えば侵害事件であると、ある特許権とあるイ号物件との関係を判断したものであって、他の特許権あるいは他のイ号物件にはそのまま適用することを考えていないような事例です。
 
 前記した審査基準は、規範判決があれば、審査をその規範判決に対応するようにできるだけ早く法律を改正します。
 一方、事例判決については、複数の事例判決に関して、同一の方向性の判決が続き、審判部での判断の変更(後述する)があるような場合には、審査基準の変更もあり得ますが、審判部での判断の変更に1年以上遅れての審査基準の変更となるようです。
 

1-2.拒絶理由通知への対応

 特許出願し、出願審査請求を行ったところ、拒絶理由通知が届いたとします。
 審査官は、前記したように、審査基準に従って審査を行っています。
 すると、受け取った拒絶理由に対して行う出願人の主張が、審査基準に従っていることを指摘することによって、出願人の主張が正しいことを裏づけることができますので、主張は審査基準を示して行うことが望ましいのです。
 

1-2-1.原則的な対応

  • 「本願発明」
      •  「ABCDEからなる自転車。」とする発明とします。
         ここで、ABCDが自転車の一般的な構成であり、本願発明はEを加えたことで、クッション性が向上したとします。 
  • 「引用発明」
  • ・主引用発明
      •  「ABCDFからなる自転車。」とする発明とします。
         ここで、Fを有していることにより速く走れるという効果を有しているとします。
  • ・副引用発明
      •  「自転車の技術分野の技術として技術Eが記載された文献(クッション性向上が記載されている)」
  • 「拒絶理由通知」
      •  本願発明と、主引用発明も副引用発明も共に自転車の技術分野であり、主引用発明のFを副引用発明のEに変更することによって、クッション性が向上することとが想定されるので、組み合わせが容易である。
  • 「意見書での主張」
      •  主引用発明が、「ABCDFからなる自転車。」とする発明であり、Fを有していることにより速く走れるという効果を有している。 
         ここで、主引用発明のFを副引用発明のEに置き換えると、主引用発明において「速く走れる」との効果を捨ててしまうことになるので、主引用発明において、Fの置き換えには阻害要因があり、組み合わせが容易でない。
         従って進歩性を有している。
  •  なお、審査基準においても、
      • ・ 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなる副引用発明
  • については組み合わせに阻害要因があるとされていることからも、本願発明は進歩性を有していることが確認できます。

 

1-2-2.審判を想定した対応(審査における特殊な対応)

  •  ちなみに、規範判決が出されたにもかかわらず、審査基準の変更が行われていない場合、あるいは多くの同一趣旨の事例判決が出されているにもかかわらず、審査基準の変更が行われていない場合には、
      • 「審判請求を行えば、審判では特許されるのであるから、審査基準と若干異なった解釈であるとしても、審査段階で特許査定をしていただきたい。」
  • と主張します。
     この主張を行う場合には、主張を裏付けるものとして、判決の添付が必要とされます。

  •  例えば、
      • 「近年、平成20(行ケ)10107において、
      • 「特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載において、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定する。同号がこのように規定した趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許発明の技術的範囲、すなわち、特許によって付与された独占の範囲が不明となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。」
      • と判示され、同旨の判決が続いていることから、審判請求すれば「明確性要件」を備えていると判断されるのであるから、審査段階においても同様の判断をお願いしたい。」
  • のように記載し、自己の主張を、判例で裏つけるようにしたいものです。

2.審判での対応

2-1.審判での判断において考慮すること

 審査を行うに際して「審査基準」があるのに対して、なぜ「審判基準」がないのかを考えてください。
 前記したように、審査基準は、審査官による特許性の判断のばらつきをなくすために規定されています。
 審判においては、合議体で審理するので、各合議体相互のばらつきがあまりないことに加えて、審決取消訴訟での判決の傾向に従った審理を行う必要があるので、その時々の裁判所の判決の傾向に合わせるために、固定的な基準である「審判基準」がありません。
 例えば、「明確性要件」については、今から15年ほど前までは、特許請求の範囲のみで発明が明確でなければ、「明確性要件」を備えていないと判断していました。これは、特許請求の範囲の記載のみでは発明が特定できず、先行発明と比較できない場合には発明の詳細な説明の参酌が許されるとした「リパーゼ判決」は、新規性及び進歩性の判断に関するものであり、「明確性要件」の判断では準用されないと判断していたためです。
 それが、今から10年ほど前に、
「特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載において、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定する。同号がこのように規定した趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許発明の技術的範囲、すなわち、特許によって付与された独占の範囲が不明となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。」
とした判決(平成20(行ケ)10107等)がありました。かつ同種の判決が続いたために、現在では、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を考慮した上で、「明確性要件」を備えているか否を判断するように変わっています。
 拒絶査定不服審判では、審決が、審決取消訴訟で取り消されることがないように判断することが求められています。
 従って、前記したように審決時における判決の傾向に沿った判断を行う必要があることから、統一した「審判基準」がないこととなっています。
 また、このように審判での審理では判決に沿った判断が行われていることから、審判段階で自己の主張が正しいことを裏付ける理由としては、判決を示すことが望ましいのです。
 ですから、審査段階で自己の主張が正しいことを裏付ける理由としての「審査基準」とは全く異なっています。
 

2-2.審判請求書等での対応

  •  例えば、審査での拒絶査定で、
      • 「「ABCDからなるX」について、Dが明確でなく、特許法36条6項2号に違反する。(Xは机であり、Dは「天板が方形状に形成され」、と記載されているものの、方形状が具体的に特定されていない)」
        と判断され、前記した「明確性要件」がないと認定されたとします。
         具体的な理由としては、
        「方形状のみでは、奥行き×横幅が、1:100等を含んでしまうが、およそ机の天板としては使用できない形状を含むので、明確でない。」
        と指摘されていた。
  • 「審判請求書での主張」
      • 「「ABCDからなるX」について、Dが明確でないと認定されたが、Xは明細書の詳細な説明に下記のように記載されている。」
      • 「机とは、勉強用、あるいは事務用の個人使用の机であり、」
      •  すると、インターネットで「机&サイズ」として検索するとみることができる
      • 範囲では、
      • 奥行き×横幅=1:1~4
      • 程度であることが、常識である。
      •  またこの範囲は、出願時においても同様である。
      •  また、図面では、
      • 奥行き×横幅=1:1.8
      • の机が図示してある。
      •  これらの点から、「Dの方形状とは、出願時の技術常識からしても、また図面の記載からしても、およそ奥行き×横幅=1:1~4程度を指すのであって、使用不能な寸法を含まないことは明らかであり、特許請求の範囲の記載は明確である。
  •  
      •  なお、平成20(行ケ)10107においても、
      • 「特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載において、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定する。同号がこのように規定した趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許発明の技術的範囲、すなわち、特許によって付与された独占の範囲が不明となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。」
      • と判示されているが、この判決は前記主張の根拠を示した内容となっている。」
  • のように記載し、自己の主張を、判例で裏づけるようにしたい。
  •  また、このように判決を示して主張の根拠を示すと、判決と主張とが論理的に一致しないと判断した場合を除いて、主張を認めざるを得ないので、特許審決となる確率が向上すると思われます。
      

2-3.判決の検索

 このように説明すると、判決を追いかけることは困難である、といわれそうです。
 判例を分類し、かつ「勝訴事案」と「敗訴事案」とに分類して整理した下記の本があります。
「論点別 特許裁判例事典
 著者 弁護士・弁理士 高石 秀樹 経済産業調査会」
 この本では、例えば、
特許法第36条4項1号(実施可能要件・委任省令要件)<勝訴判決> 
特許法第36条4項1号(実施可能要件・委任省令要件)<敗訴判決> 
のように、同一の論点についての、勝訴判決と敗訴判決との要部が掲載されているので、そのときの主張内容に合った方(勝訴または敗訴)の判決を探すことができます。
 また、内容的には細かく分類され、例えば均等論だと、5要件の各々別に「勝訴事案」と「敗訴事案」とに分けて掲載されているので、使用しやすくなっています。
 更に、5年程度経過すると、その間の判決を含めた版が発行されるので、比較的新しい判決を検討できます。
 また、下記のような判決速報もあります。
「知的財産権判決速報
 一般社団法人 発明推進協会」
 この速報では、特許法のみならず、意匠法、商標法、不正競争防止法、著作権法についても、判決が根拠条文に分けて記載されているだけでなく、判決のアブストラクトが掲載されているので、探しやすくなっている。また、1月ごとの月刊誌として作成されています。
 例えば、「不使用取消審判」についての判決を探すときには、「商標法」の「50条1項」に分類されている判決のアブストラクトを読んで、使用可能な判決を探すことができます。
 この速報では、判決の言い渡し日から少なくとも4月以内には判決が掲載されているようです。

3.まとめ

 以上説明したように、自己の主張に対して、審査段階、審判段階に従って異なる、主張が正しいとする根拠を、審査基準あるいは判決を用いて示すことによって、主張が認められる可能性が向上することになります。


 
記事担当者:弁理士 黒田 博道
 
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